人生―生まれて死ぬこと

生まれることと死ぬこと。
今、生きている私たち全員、例外なく、生まれた時があり、そして必ずいつか死ぬ時が来ます。
あまりにも当たり前過ぎることですが、案外、このふたつのことが真剣に問われることは少ないような気がします。

なぜ生まれてきたのか。
死ぬとはどういうことなのか。

これは、「1+1=2」のように「正解」がポンと出るような問いではないと思います。
もしそれらしい正解を提示されても、自分自身の生と死と向き合うことなしには、本当に「私にとっての答」にはなりません。

村上伸氏FEBCでは今年、いくつかの番組を通して、この問いに皆様と共に向き合ってまいりました。
そのひとつ、「あなたはどう生きるか―現代キリスト教倫理」
村上伸先生は、受肉―神が人の肉を受けたことから始まり、十字架の死に向かうキリストの全生涯が、そのことの答だと語ります。

また、この夏に放送した特別番組「死、それは祝宴の時」で小田武彦神父は、現実の死の厳しさと不条理を見据えながら、
しかし、その私たちの死の意味を「キリストの十字架が一変してしまった」のだと。

そして、先日の特別番組「父、子、聖霊なる神の交わり、その似姿への回復」で松島雄一神父は、人間は、神様の三位一体のかたちに似せて造られたとお話しくださり、その三位一体のかたちとは「愛です」と。
さらに、神に背いて傷ついてしまったその「かたち」を取り戻してくださったのがキリストの十字架と復活であり、私たちはそのプロセスに入れられているのだと。

私たちは偶然生まれてきて、いつか死ぬまでの時間を漠然と生きているのではなく、この私たちの生と死には、神様の壮大な御心があるのですね。
そしてどうやら、自分の生と死の意味は、キリストの十字架と復活の意味と結ばれているようです。
でもあまりに壮大すぎて、とても受けとめきれませんし、こいういうお話は、1回聴いて「良い話だったなあ」で終われるものではないように思います。
繰り返し何度も、あるいは事あるごとに、聴き続けていきたいものです。

ですから、これら貴重なお話を「FEBCライブラリー」としてお手元に残るようにいたしました。
私たちの人生にとって重要な課題と向き合うためにぜひご利用ください。

・MP3「あなたはどう生きるか―現代キリスト教倫理」
・CD「死、それは祝宴の時―カトリック教会の死生観と葬儀理解」
・CD「父・子・聖霊なる神の交わり、その似姿への回復―正教会の信仰と霊性」

この秋の新刊はこちら>>